病気と私

私はこの会社に入社して6年目になります。
正直な話で、私は精神と身体障害者手帳の両方を持つてんかん患者です。
35歳の時、突然てんかんと診断。36歳の時、スク-タ-を運転中に発作で事故を起こし左下肢に著しい障害を持ちました。
失業給付金を受け取りながら職業訓練に通い、障害者合同面接会に職安の障害者雇用と何度も面接をしましたが、障害者の数は余りに多く採用には至らず、無職のまま6年が経ちました。

そんな中、一般雇用でも試してみるかと一つ目の面接でパ-ト採用をしてくれたのが、今のトウゴクセラミックです。
事故の怪我は左足の関節3ヵ所全部を骨折し、足首を脱臼骨折靭帯断裂し、膝は粉砕骨折。大腿骨に至っては股関節の1番太い場所にボルト3本。
主治医からは二度と歩けないかもしれないと言われながら、奇跡的に1年半を掛け変形癒合。左足が3センチ短くなり、関節の可動域は小さく歩きづらくなりましたが、3年のリハビリを費やし慣れる事で、杖無しで歩けるようにまで回復。

身体を動かす仕事はリハビリには最適と自信はありましたが、てんかんに関しては会社に対し、いつ発作が起こるかもしれないと理解してもらった上で採用されました。
1年が過ぎた時に皆さんの御厚意をいただき正社員に登用。しかし、3年を過ぎた時に会社で発作を起こして入院。直ぐに職に復帰し順調でしたが、5年目に再び仕事中に発作。救急車を呼ぶ騒ぎとなり病院に運ばれましたが何とか帰宅。4月には静岡てんかんセンタ-に検査入院。
会社には大変迷惑を掛けましたが、会社の理解を受け、クビにならずに今も働けて感謝しています。

障害者は世の中に大勢います。働きたくても働けない人たち。このコラムに目が留まった障害者の方がいましたら、諦める事なく一般雇用でも是非職を探してみて下さい。
きっと理解してくれる会社もあるはずです。企業の方も障害者を雇う事で、国からの助成金も出るので調べて下さい。少しだけでも考えてもらえる会社が一社ずつ増える事を切に願っています。

中水野工場 プレス部署 Y.K

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